2005.09.12 泣かないで

 セレッソの小林監督といえば、かつて大分で采配をふるい、そのため私たちにも大変なじみの深い監督である。知名度でいえば、数多のJの名将の足下に及ばないかもしれないが、それではどういったサッカーをやってくるのかを100字以内でまとめよというテストがあった場合(そんなもんねえよ)、案外すらすらと書けるのが小林監督編ではないだろうか。たぶん、新潟での正答率は出題者の意に反してすこぶる高いと思われる。
 
 小林監督の話を続けよう。つい、先日も、渋滞に巻き込まれたためママチャリを飛ばしてスタジアム入りする小林監督の画像がスポーツ新聞に掲載されていたが、こういった面から見ても非常に親しみを感じる監督である。新潟では信じられないが、当時の大分におけるアウェイゲームでは、出待ちサポーターと嬉々として戦術論に応じる彼の姿があったそうだ。僕に話を聞かせてくれた友人によれば、「監督と話をするときは、いつも握手から入るんですが、結構長い間手を離さないんですよね」なんだそうで、思わぬところで「濃厚なシェイクハンド」という武器を持っていることをカミングアウト。このねばり強さ(笑)が、かつてザル(失礼)と揶揄されたこともあるセレッソの守備網を見事に立て直したのだろう。いや、正直そう断言できるほどセレッソの試合を見ていないのだが、我がチームが年間を通じて1点もとれなかったことを考えれば(あのPKは余興だ)、彼の業績として立派に語り継がれるべきものだと思うのである。

 さて、どうしてよその監督についてこんなに長々と語らなければならなかったかと言えば、試合が見所がなく、消化不良のまま終わってしまったから(平たく言えばつまらなかった)ということに他ならない。ホームで負けたのは実に久しぶり。
 新潟がボールを持たされていたという評もあるが、正直、守っているチームを見ているより、攻撃しているチームを見ている方が数倍楽しいのでこれに関しては全く問題ではない。結果的に2点目を奪われるきっかけになったファビーニョの折り返しが、走り込んだ優作にマイナスに入らなければ。そして、何本あったかまでは数えていないが、相当数あったコーナーキックの1本でも入っていれば(事実、惜しいシーンも何度もあった)、結果もきっと変わっていただろう。そう、運がなかった、で片づけてはあまりに安直であるが、かといって、選手に頑張りが足らなかったかといえば全くそうでない。どうしたらいいんだ、俺は。すなわち、これが消化不良である。

 あえて苦言を呈せば、以前も指摘したサブメンバーのマンネリ化であろうか。もちろん現在、入っているメンバーが悪いというわけではない。ただ、サブメンバーというのは、ゲームのあらゆる局面を想定して用意されるオプションである。それがここ数試合ほとんど変わらないところを見ると、調子的、バランス的にもこれが現時点で一番の組み合わせなのだろうが、セレッソが、黒部、徳重、苔口と危険なジョーカーを3枚持ってきているのを見ると、相手に与える恐怖心という点で見劣りは否めないだろう(事実、あの時間帯での苔口の投入は新潟からすれば非常に辛かった)。
 僕が、消化不良のぼんやりしたゲームと感じたのは、緊張感が欠如した自分自身に原因があるのは言うまでもない。しかし、本来、サポーターは贅沢なものである。もっと刺激を。ワクワクする刺激を。現状維持は後退だ。この日のゲームについて僕と同じような感想を持ったサポーターがいるのなら、案外こんなところにも原因があるのかもしれない。

 もう一つ、2人の選手についても述べておきたい。菊地も青野も今までの新潟にはあまりいなかったタイプの選手だ。共通しているのは足下のテクニックに優れること。そして、そのため、チームの攻撃の良いアクセントになっていると感じる。
 菊地も青野も縦へのくさびのボールが特徴的だ。これまでの新潟では、最終ラインからロングフィードと呼ばれる長いボールをけり込むことが多かったが、菊地は状況に応じてグラウンダーの速いボールをくさびに打つことが出来る(どちらかというとこっちの方が多く感じる)。青野はワンタッチパスのセンスに優れ、一瞬の隙をつき、縦への決定的なボールを出すことが出来る。これらは時にリスクを負うため、相手にカットされることもあるのだが、リスクのないところには得点の香りもしない。この日のように、引いた相手に対しては不可欠のプレーであるし、特に青野に関しては、山口が最も得意としていたこのようなパスの後継者として大きな期待を寄せたいところだ。

 話を再び小林監督に戻そう。大分在籍時から敵将として君臨していたわけだが、浅黒い顔に、俳優館ひろしが若干入っているため、当時の新潟サポーターが「館!、館!」と野次っていたことをここに懺悔する。そんな館ひろしにしてやられたセレッソ戦の帰り道、冒頭に述べたエピソードを思い出しながら、館ひろしのヒット曲「泣かないで」が心の中でリフレインしていた。ありふれた普通の悔しい夜で終わろうとしていた。

 事件は家に帰ってから起こる。まず、売店でコーラとお茶とおでんを計千円で買ったのだが、5千円出したまま、おつりの4千円をもらうのを忘れていたことに気づいた。これまでの私の得意技としては財布を落とすことが広く知られていたが、更なる才能があることを知り、己を呪った。さらに、眠りについたその日の真夜中。20分おきに2コールならす、正体不明の悪戯電話に悩まされた。

 布団の中で僕は、この日2回目となる「泣かないで」を、今度は自分のために、しっとりと歌いあげた。

2005年9月12日 浅妻 信

PROFILE of 浅妻 信
あさつま まこと 1968年生まれ。新潟市出身。新潟高校卒業後、関西で長い学生時代を過ごす。アルビレックスとの出会いは99年のJ2リーグ開幕戦から。以来、サッカーの魅力にとりつかれ、現在に至る。2002年、サポーターのみでゼロから作り上げたサポーターズCD「FEEEVER!!」をプロデュースして話題に。現在もラジオのコメンテーターだけでなく、自ら代表を務める新潟県社会人リーグ所属ASジャミネイロの現役選手としてフィールドに立つなど多方面で活躍中。