2005.10.31 世界のナカタとアルビレックス新潟

 プロフィール欄によれば、私はかつて関西で長い学生生活を送ったとなっている。嘘ではない。およそ8年に渡って、私は神戸という町で暮らしていた。もちろん、神戸にいたからといって新潟人としてしての誇りを放棄したわけではない。高校野球にせよ、なんにせよ私は新潟のチームを応援した。でも、新潟以外のチームと戦うときは兵庫代表もひいきした。
 時は流れて、いつの間に新潟に復帰してからの年数が、神戸にいた年数を超えてしまっていた。もはや関西訛りはほとんど出ない。いや、そもそもそんな郷愁にふけっている暇もないのだ。前振りが長くて申し訳なかった。最下位に沈む神戸にとどめを刺し、残留の安全圏に一気に飛び込むか、最終節までこのスリリングな思いを継続させるのか、極めて重要な直接対決が神戸ウィングスタジアムで行われた。
 私は残念ながらテレビ観戦。今日はどういうわけか、私が指導しているクラブの子供が数人遊びに来ている。小2の彼らにとってもこの試合の重要さを少しは理解している模様。しかし、新潟を応援するよりも先に、尊重すべき対戦相手に「負けろ、負けろ」を連呼していた(苦笑)。指導者の顔を見てみたいとはまさにこのことであろう。

 さて、国内でも数少ない専用スタジアムであるウィングスタジアムはテレビで見る限り、非常に美しく、とても芝に難があるようには思わない。ただ、スタンドの様子はさすがに降格圏内チーム。うちも人のことは言えないが、悲壮感漂うメッセージダンマクと共に、なんと巨大な千羽鶴までスタンドに掲げられていた。下手すりゃ明日は我が身。改めて自動降格の重さを噛みしめてしまった。

 試合は華麗にはほど遠いが、両チームのこの試合にかける思いがぶつかり合う、言ってみれば無骨でリアリズムあふれる試合となった。最終ラインはもちろんのこと、中盤でのチェックも厳しく、なかなかボールも繋がらず、したがってシュートまで持っていけない。それでも、動きの質で上回る新潟が何度かいい形を作ろうとするが、絶対勝たねばならない神戸もイエロー覚悟でこれを止めに行く。神戸に掲げられたイエローカードは5枚。うち、2枚は合わせ技で赤色に変貌し、遠藤が退場となった。時計は後半まだ10分足らず。風は明らかに新潟に向かって吹いている。播戸の投入で、一人少ない神戸が盛り返した時間もあったが、一人多い新潟がついに先制。我が家のリビングも大いに盛り上がった。

 おかしい。

 いったい、何度目だ。こんな展開は。

 4分のロスタイムでの、まさにラストワンプレーで、栗原のゴールで同点にされてしまった。またしても失った勝ち点2。コースを消しにいった菊地(だったと思う)の体がわずかに開き、シュートコースを作ってしまったが、彼だけを責めるわけにはいかないだろう。栗原のシュートは実に見事で、ここしかないコースに飛んでいった(新潟での練習がようやく花咲いたと思われる)。
 一点を取ってから、特に残り10分を切ってからは守るということに関してある程度意志は統一されていたと思う。でも、結果論として聞いてもらってもかまわない。10人の相手に対し、追加点を放棄し、ベタ引きになるのはどうだろう。神戸も前掛かりで来るものだから、前線の3人ぐらいでも簡単にシュートチャンスまで持っていけていた。でも、積極的に得点を奪おうとする姿は見られず、結果、テレビを見ていても違和感を感じるぐらい中盤が間延びしていた(両チームに言える)。あの、最後の場面にしたって、栗原の前には4人ぐらいDFがいたのだが、その栗原を前後で挟むことができず、あっさりとシュートまで持って行かれたのだから。

 ところで、今日は土曜日である。つまり、僕にしては珍しく、試合のあった当日にこれを書いていることになる。その理由は二つほど。ひとつ、あまりの試合展開に腹が立っていて、これを書くことで少しは収まるかなと思ったこと。そして、もう一つ。これは繰り返し言っているので分かる人も多いと思うが、負けに等しい引き分けにより、はしごするはずだった夜のスポーツニュースが全く見られなくなり、要は暇になったのだ。
 あぁ、本来は、明日も休日だし(朝から県リーグの公式戦が組まれているが)、安全圏に入った僕らは、よそのチームの苦闘と大きくジャンプアップした順位ボードを眺め、ひたすらにんまりしているはずだったのに。

 そうは言っていても、これはプレミアリーグの「チャールトンvsボルトン」を見ながら書いている。プレミアはいい。今日の試合と同じ、縦に速い展開なのに、両チームともくさびでしっかりボールが収まっているため、きっちりとゴールに向かえている。いやいや、それは特に問題ではなかった(笑)。ボルトンの中田がたった今、見事なアシストを決め、僕もちょっと喜んだが、正直なところ、ボルトンが勝とうが、負けようが、もっと掘り下げれば、中田が活躍しようが、ミスしようが、一時的に僕の心を奮わせるかもしれないが、それは貴重なサタディナイトを台無しにするほどのダメージを負わさないのだ。
 柏に勝つまでこれは引きずるのだろうか。2週間って、結構長い。

2005年10月31日 浅妻 信

PROFILE of 浅妻 信
あさつま まこと 1968年生まれ。新潟市出身。新潟高校卒業後、関西で長い学生時代を過ごす。アルビレックスとの出会いは99年のJ2リーグ開幕戦から。以来、サッカーの魅力にとりつかれ、現在に至る。2002年、サポーターのみでゼロから作り上げたサポーターズCD「FEEEVER!!」をプロデュースして話題に。現在もラジオのコメンテーターだけでなく、自ら代表を務める新潟県社会人リーグ所属ASジャミネイロの現役選手としてフィールドに立つなど多方面で活躍中。