2007.10.08 気持ちということ

 一昨日、なんとか大宮に勝って連敗を止めたものの、我がアルビレックスはまだまだ苦しい状況から抜け出せないでいるようだ。

 9月に入った途端、アルビレックスは結果が出なくなってきた。

 それとともにスタジアムの雰囲気も悪いときがある。ゴール裏の声が最近小さくなったなんて声もちらほら聞こえてくる。

 それにしても聞くに耐えないヤジに、逆さまに掲げられるゲーフラ。これら選手の人格否定ともとれる行為はなんとかならぬものなのか。

 少なくとも、(たとえ自分の半分しかまだ生きていない選手であっても)あのビッグスワンのピッチに立っている選手は日本人フットボーラーのピラミッドの頂点にいる。自分にとって彼らは常に相当な尊敬と憧れの対象である。

 「だから金払ってるだろ」って意見も間違ってはいないと思うが、下から頭を下げに来ている人間に対してやってはいけないことっていうのもあると思う。

 それとは別に、よく聞かれるのが、「気持ちを見せろ」の類いの言葉。

 あのピッチに立っている選手で気持ちの入っていない選手、勝つ気のない選手なんて本当にいるのだろうか?

 先日の浦和戦終了後の駐車場までの道、前を歩いている若者の背中に『SAGA KITA』って書いてあったので、「ああ、中野洋司の母校か」なんて思ってじっと見ながら歩いていたら、自分の隣を歩いていたのが連れだったらしく、「僕ら、後輩なんですよ」ってニコニコしながら、しかもかなり誇らしげに話しかけてきた。高校を卒業して関東に出てきた彼らは、中野洋司を追っかけて関東は勿論、ビッグスワンにまで駆け付けるという。

 たぶん、というか間違いなく、これは中野洋司に限ったことではなく、選手全員が沢山の人の期待と夢も背負って自分の職業であるサッカーに打ち込んでいる。

 そんな選手たちの気持ちをはなから疑うようなことはしたくない。

 何かチームのコンディション作りが失敗してしまったのかもしれないし、ゲームプランが狂って必死に修正しようとしていたのかもしれない。もちろん同じ人間として自分ではどうしようもない調子の波だってあると思うし。

 選手の言い訳を探し出せばきりがないのかもしれないが、ウチの選手は本当に真面目な選手ばかりと聞くし、それを疑いはじめたら応援の前提が覆ってしまう気がするのだ。

 最初にそういうことを真剣に思ったのは、1998年フランスW杯のときだ。

 今Jリーグの監督をやっている、自分も尊敬しているドーハ組の元選手が、試合中の笑顔とガムを噛む姿からFW城彰二をその“気持ち”を理由に切って捨てた。

 そもそもあのときそんなに城は悪かったのか。

 まともにあのときのサッカーの検証すらされないまま、城は戦犯にされたんじゃないのか。

 気持ちという観点からすれば、カズの代わりに、それも国としての初出場のW杯の本番で突然日本のエースになった城の気持ちなんてたぶんほかの誰にも分からないだろう。

 それでもラモス(ラモスって言っちゃったね)の言葉に踊らされて、結果が出なかったんだから仕方ない部分はあるにしても、城が戦犯だと思い込んだ日本人はとても多かったと思う。

 正直、今でもあれで城が潰されちゃった気がしてならないのだ。

 確かに今まで、“サッカー不毛の地”と自分たちを称して、よそを解雇された選手中心に、ヒーヒー言いながら選手の気持ちで勝ったって思うのはそれはそれで気分がよかったし、俺たちが勝たせた的な気持ちもなかったわけではない。

 ただ、現在上位のチームに正面切って挑んでいる一方で、引いた相手をどう崩すかなんて今まで自分たちが逆に言われてきた、ある意味サッカーの永遠のテーマとも言える壁も超えようとしているチームにとって、気持ち以上にピッチでの出来事は凄く多いと思うのだ。

 そういった部分も含めてもっともっと見てあげて拍手し、励まし、喜びたい。

 一昨日の試合は気持ちで勝ったと言えるのかもしれないが、気持ちを言うのなら、むしろあの90分以外の時間をプロとして過ごす気持ちの方が大事だと今は思っている。

 それがない選手を監督があのピッチに立たせるはずはないのだから。

2007年10月8日 13時10分 村山 友康

PROFILE of 村山 友康(むらやま ともやす)
1967年生まれ。十日町市出身。神田先生が新潟に帰って来たということで、市陸で初観戦。元々浦佐の温泉旅館”てじまや”の主人とその周辺の人達が応援に出かけるために出していたバスを他人である村山が途中からバスジャックに成功。通称「魚沼バス」としてプロデュースし、アルビの観客動員に貢献している。ちょっと堅気には見えない顔をしているのが難点だが、魚沼周辺でアルビの友達を作りたい人は勇気を持って話しかけてみよう。(浜崎一さんより)