2007.04.03 第5回「歌い継がれる永遠の調べ」

 いつも思うことだが、キックオフ直前のスタジアムは本当に神々しい。特に、先日の川崎戦のように、今にも雨が降り出しそうな曇り空の下では、緑の芝がひときわ映えて、心が洗われる思いだ。これから、試合が始まる。そう思う頃、ゴール裏からゲーフラがニョキニョキと生えだし、サポーター間ではエルビスの名で通っている、エルビス・プレスリーの名曲「Can’t Stop Falling In Love」が自然発生的に歌い出される。

 新潟サポーターにとってすっかりお馴染みになった曲、光景であるが、この曲が選手入場時に使われ出したのは、そう古いことではない。例えば、99年のJ2開幕の頃は、スノードロップや白鳥の湖などが使われていたと記憶している。ところが、僕はこれらの歌があまり好きではなかった。雪や白鳥など、確かに新潟を連想させるものであるが、逆に安直すぎて嫌だったのだ。方々で書いているが、それまで県外に住んでいた僕は、世間の持つ新潟に対するステレオタイプのイメージに辟易していた。さすがに白鳥と、単なる新潟出身者である僕を結びつける者は、さかなクン並の、よほどの鳥マニア(とりクン)以外いなかったであろうが、新潟市出身である僕に対し、2階から出入りするのか、スキーで学校に行くのか、などの雪に関する偏見はもうおなか一杯だった。ここでも雪かよ!ということになる。また、比較的新しい層のサポーターは知らないかもしれないが、当時は白鳥の湖に関する解釈を巡って、ネット上などを中心に侃々諤々の議論がかわされていたこともある。ある有力な説によれば、白鳥の湖は悲劇であり、主人公が絶望して死を選ぶのに、これを戦いの歌として持ってくるのはいかに、という誠に説得力を持つものだった。

 そんなこんなで2年間を費やし、いよいよ新潟にとって大きな転換期となった2001年シーズンを迎えるのだが、これに関する議論はあっさりと終息する。地域リーグ時代から2000年までゴール裏を仕切っていたサポーター団体が、これらの歌と共に消滅し、新潟スタジアム(現東北電力ビッグスワンスタジアム)の誕生と共に、現在のゴール裏の礎がこのころ出来上がったのだ。
 彼らは団体と言うよりも、個々の集合体であった。そういうと格好いいが、要は仕切りたがりのリーダーもおらず、したがって意志決定手段も、当時のはやり言葉で言えば「ファジィ」だったため、その時の気分に応じて色々な歌が歌われたに過ぎない。「ウィンターワンダーランド」から、マニアなら涙ものの大嶋康裕作の「We Will Start on Fire」まで。むろん、その間にも新潟を印象づける、チームに相応しい選手入場の曲を作ろうと模索していたのも確かである。どういう根拠か分からないが、やっぱり、荘厳な感じの方が良いよねという意見で一致し、どのクラブともかぶらない曲ということで、Oasisの「Don’t Look Back in Anger」、クラシックの名曲「威風堂々」などが持ってこられた。前者はスタジアムのBGMとして流してもらっていたし、後者は実際歌ったりもしたが、単なる練習終了時のBGMとしての認識にとどまったり、歌い手が曲名に反して全く堂々としておらず定着しなかったりと散々であった。
 むろん、それ以上に最良と思われる歌がこのシーズンの終盤から歌い出されたから、これらの曲の淘汰はある意味必然だったともいえる。皆さんの記憶にも新しいであろう。「J1へ行こう」である。

 エルビスの登場は2002年シーズンまで待つことになる。サポーターの1人がメロディと歌詞を好んで持ち込み、多くの賛同と称賛を得た。後に、浦和とモロかぶりという指摘がなされたが、 立案当時は本当に知らなかったため、俺たちのオリジナルで押し通そうと言うことで強行突破(笑)。この年に発売されたサポーターズCD「FEEEVER!!」に収録されたこともあり、あっという間にスタジアム中に普及した。今では、マフラーのブームも少し去ってしまった気がするが、全盛時は本当にスタジアム360度がマフラーで埋め尽くされ、オレンジの大海原にいるようだった。

 このようにスタジアムで歌い継がれる歌の変遷というのを辿っていても楽しい。実は、選手自身が、目前の戦いに向けてテンションが上がるアップテンポの曲を求めているという話も耳にするため、エルビスとは別に、近い将来、アップテンポの別な曲も用意することになるかもしれない。しかし、永遠に変わらない、いや、変わって欲しくないスタジアムの「歌」というものもある。
 今季初勝利をあげた川崎戦は、怪我を押して出場した慎吾が大活躍を見せた試合であった。交代直前にも、エジミウソンへの値千金のアシストを決めている慎吾は、松下と交代のタッチをかわすと、大拍手で迎えるメインスタンドに向かって満足そうに大きく手を広げた。それに呼応するようにさらに広がる拍手の輪。立ち上がるものまでいる。これほど、心地の良い「調べ」を僕は知らない。願わくは、もっともっと長く、この耳に降り注いで欲しい。いつもそう思っている。

2007年4月3日 14時45分

PROFILE of 浅妻 信(あさつま まこと)
1968年生まれ。新潟市出身。新潟高校卒業後、関西で長い学生時代を過ごす。アルビレックスとの出会いは99年のJ2リーグ開幕戦から。以来、サッカーの魅力にとりつかれ、現在に至る。2002年、サポーターのみでゼロから作り上げたサポーターズCD「FEEEVER!!」をプロデュースして話題に。現在もラジオのコメンテーターだけでなく、自ら代表を務める新潟県社会人リーグ所属ASジャミネイロの現役選手としてフィールドに立つなど多方面で活躍中。