2007.06.19 第16回「国境越え」

 子供の頃、うちの兄が悪戯で冷蔵庫に入れていた、醤油味のシャーベットを、コーヒー味かと思い、全力食いしたことがある。強烈な不味さ。口の水分が全て吸い取られたかのような、悪夢のような後味。瞬間的に吐き出し、床をのたうち回った。土曜日の大宮戦は、そんなことを僕に思い出させてしまった、特製醤油味のゲームであった。

 僕が所属する県リーグでも、稀に相手チームの人数が揃わず、11vs10で試合を始めることがあるが、アドバンテージをもらう方としてもいきなりテンションが下がる。やっている方もそうなのに、プロの興行で前半からそれを見せられると、一気に興ざめだ。1週間かけて行われる準備に加え、お互いの高い技術、戦術、用兵の妙、これらを駆使して戦いを繰り広げるはずが、片方が10人になったところで、それらは奪われ、興味は勝ち負けのみになる。片方はひたすら守る。片方はひたすら攻める。僕らは、こんなものをお金を払って見に行くわけではない。これってプロの試合か? あの2枚のイエローカードは、それもやむなしとするほどの必然性と悪質性を伴っていただろうか。 
 もっとも、こんな言い方をすると、うちの選手に失礼なのでフォローをしておくと、あの状況でも諦めず、気持ちの入った良い戦い方をしたと思う。確かに10人になってから受けに回らざるを得なくなり、守備的な戦いを強いられたのだが、戦いながら軌道修正していくのが難しいところ、集中を切らさず、じっと耐え、かといって、守りに専念するわけでもなく、あくまで勝ちにいっていた。一瞬の隙を狙って攻撃を仕掛ける巧さ、迫力はチームの成熟を感じさせたし、実際、あともう一歩の所だったのだ。それだけに、色んな意味で悔しい。僕はスタジアムにおらず、さらに敗戦の瞬間に逆上してテレビの電源を切ったので、確かめていないが、試合後、ブーイングを送る者など誰もいなかったはずだ。それどころか、大きな拍手で選手を迎えただろう。

 監督も、怒りのあまりか、会見を途中で打ち切ったようなので(というか、質問を受け付けない雰囲気だったのか)、僕も試合についてはこれで終わる。かといって、このコラムもこれで打ち切っては、僕は楽だが、あまりにも申し訳ないので、もう少し続けます。

 さて、今回のタイトルにピンと来た人はいるだろうか。サッカー界でいう、国境越えとは、禁断のライバルチームへの移籍を指す。その点、サッカー史に残る国境越えはルイス・フィーゴのケースをおいて他にないのだが、こちらは、今週末にでも書店に並ぶ某タウン誌に寄稿しているので、興味を持っていただいた方には、是非そちらを読んでいただくとして、今日は、そのフィーゴで紙面が埋まったために書ききれなかった小ネタを書き綴ることにしよう。

 海外ほど、あっと驚く裏切り、いや、移籍がないのはさすが義理・人情を重んじるお国柄か。選手は商品、プロだと口では分かっていても、実際、それで割り切れるほどのドライな移籍は未だないように思える。たとえば、山口の名言「新潟最高!」は、当時、新潟のサポーターを大いに沸かせたが、その翌日、あっさりとライバルチームへの移籍を発表し、にこやかに会見をしたのが、フィーゴのケースであるわけで、山口がそんなことするわけないし、また、山口に対して、豚の頭を投げつけるほどの憎しみを持つ強烈なライバルチームがないことも確かなのだが、まぁ、国境越えの上級者ともなると、そのぐらいのことをしでかすということだ。
 その点、日本で話題を呼んだ移籍で、僕が真っ先に頭に浮かぶのは、レッズからマリノスに移った山瀬のケースか。山瀬に対してはレッズサポーターも大いに期待をしていたし、また、負傷中も支えていただけにショックと怒りは相当のものだっただろう。そして、なにより、レッズに「NO!」を突き立てたという事実が彼らの高いプライドを大いに傷つけたのは間違いない。レッズは、奪われるよりも奪う側の強者のチームであるのは、誰もが認めるところ。まさに寝耳に水であっただろう。国境越えと呼ぶには、それ相応の覚悟が必要だが、山瀬の場合はそれに該当する、数少ないケースであったと思う。

 その点、大が小を飲み込むステップアップの移籍は、日本でも頻繁に行われるし、我々も半ば容認しているような所があるから、国境越えとは言えない。たとえば、かつての新潟は、J1クラブの格好の草刈り場であったし、それは、曲がりなりにもJ1生活4年目を迎えると、その道を選んだ選手を全く責められないことに気づくだろう。そんな中、未だに、おいおいと思うのは、永井時代のある選手ぐらいか。
 J2、しかも、まだ環境整備が全く整っていなかった新潟に来て、全くモチベーションが上がっていなかったのは端で見ていてもよく分かった。また、実際パフォーマンスもひどいものだったが、それでも僕らは一生懸命応援し、ようやく光明が見始めた頃、シーズン途中に、突然移籍が発表された。詳しくは覚えていないが、コメントがやけにあっさりしていて、思わず失笑した記憶がある。新潟に一度でも在籍した選手は、シーズンオフになるとしょっちゅう遊びに来ているが、彼がその後、姿を見せたという話は聞かない。相性だったんだろうな、と今は思っている。まぁ、その選手のおかげで、マサ(深澤仁博)もやってきたし、クロさん(黒崎久志現コーチ)の偉大さも倍増で伝わったから、決して悪い移籍ではなかったと思う。いずれにせよ、個人的にツボにはまっている、この「○○選手の県境越え」事件が、この本に収録されているのか、気になる今日この頃だ(笑)

2007年6月19日 13時27分

PROFILE of 浅妻 信(あさつま まこと)
1968年生まれ。新潟市出身。新潟高校卒業後、関西で長い学生時代を過ごす。アルビレックスとの出会いは99年のJ2リーグ開幕戦から。以来、サッカーの魅力にとりつかれ、現在に至る。2002年、サポーターのみでゼロから作り上げたサポーターズCD「FEEEVER!!」をプロデュースして話題に。現在もラジオのコメンテーターだけでなく、自ら代表を務める新潟県社会人リーグ所属ASジャミネイロの現役選手としてフィールドに立つなど多方面で活躍中。