2007.06.26 第17回「ふたつの拍手」

 3週連続で海外サッカーのネタを引っ張ってきて、興味のない人には申し訳ないが、フランス代表FWティエリ・アンリのバルセロナ移籍が正式に発表され、既にカンプ・ノウでプレゼンテーションも行われたようである。世界中に多大な影響を与えたモダンタイプの4-3-3フォーメーションを確立したバルセロナのなかで、ロナウジーニョ、エトー、メッシの3トップはいわゆる不動のスタメン。そのどこに、アンリが食い込む余地があるのか。ロナウジーニョやメッシを中盤で使えばいい、というのは明らかに素人考えで、自由奔放な発言で、しばしばトラブルを起こすエトー放出が現実味を帯びてきそうだが、移籍マーケットは、一つの大きなパズルピースが動くと、それが合図だったかのように一気に動き出す。今年はいきなり特大のピースが動いてしまった。来週の今頃は、どういう驚きが待っているのだろうか。

 移籍、放出というと、ネガティブなイメージがつきまとうが、フットボールの世界に関していえば、これも、フットボールの一部であるといわざるを得ない。偉大なチャンピオンチームでも、同じメンツでは何年ももたない。使う方にも好み(偏向)が出てくるし、使われる方にも緊張感が欠けてくる。いわゆるマンネリと呼ばれる奴だが、ビジネスの世界でも、この二つが揃うと、次第に下降線を描くようになるのは分かると思う。したがって、チームを統括するものは、常にチームに刺激と競争を与えなくてはならない。
 レアル・マドリーにタイトルをとられたファンの怒りの矛先をそらすという目的にはあるにせよ、今回のバルセロナのケースがこれにあたるだろう。誰も放出がないとすれば、先の3人、特に今シーズン不甲斐ないプレーに終始したロナウジーニョにこれ以上ない危機感を与えることが出来る。また、自分が不当な評価を受けていると思う者は、自分の能力を生かせるところ、自分の力を評価してくれるところに動くのは当然である。サッカーは野球と違い、数字でその能力が計れるスポーツではない。個々の力を加算した総計で、チーム力を発揮するのではなく、組み合わせ、どちらかというと相乗でチーム力を発揮するものだから、相性が合わないチームというのはどうしても出てくるのである。

 坂本は、今シーズンオフ、千葉から新潟に移籍してきた選手である。もちろん、千葉から戦力外通告を受けたわけではない。坂本の千葉に対する愛情、思いも相当深かったはずであるが、チームを未来永劫に「走らす」ためには、選手の入れ替えも必須で、水野、山岸の目処が立った今、苦渋の決断で坂本放出もやむなしとした千葉フロントの判断が一つ。そして、相応の移籍金を払うまでして、獲得を希望した新潟の熱意が一つ。そして、結果的に、千葉への愛情よりも、プロとして、自分を高く評価してくれる新潟を選んだのが、今回の移籍劇である。前半戦を終了して、4位につける新潟。一方、降格圏に沈む千葉と、今のところ、この「坂本ダービー」については、新潟の選択が正しかったように見えるが、そんな結果責任だけを怖れていては、勝負の世界に携わることは出来ないだろう。

 僕は、フクアリには行くことが出来なかったのであるが、聞くと、選手紹介の際に、坂本はブーイングではなく、大きな拍手で迎えられたという。千葉のサポーターも分かっているのだ。坂本がどれだけ千葉に貢献し、千葉を愛していたかを。この移籍も、プロの決断としてやむを得なかったということも。また、今回の勝利について、「新潟の人間としてうれしかった」というコメントの背後に、坂本のプライドと、新潟への愛着も見え隠れする。いずれにせよ、新潟にとってはもちろん、坂本にとっても非常に良い移籍だったのはないかと思う。

 もう一つ、移籍といえば、先日の横浜FC戦で、山口素弘が久しぶりに清五郎に戻ってきて、こちらも、予想通り、選手紹介の際に大きな拍手で包まれていた。山口の場合も、クラブ、そして本人の意向が合致してクラブを離れたケースであったと思う。久しぶりに生で見た山口だったが、相変わらず、攻撃のリズムを変えるパスのセンス、正確性は秀逸で、美しかった。新潟時代は、マルクスと縦のホットラインを組んでいたが、今のチームでこそ、山口は生きるんじゃないか、そんな気も持たせるほどのパフォーマンスであった。

 さて、ご存じの通り、試合は3vs1で快勝する。試合後、山口が引き上げる際、再び山口コールがゴール裏から発生し、それはスタジアム全体を包んでのコールとなった。新潟の選手がバックスタンドに挨拶をしている最中での、この行為に、疑問を持ったサポーターも少なからずいるようであるが、僕にはすごく美しい光景に思えた。こういう快勝のゲームでないと、なかなか出せなかったというタイミングもあるが、全員が幸せな思いをしたに違いないからだ。山口本人や、かつての山口のプレーを思い浮かべるサポーターはもちろん、この光景を見ていた新潟の選手も、一生懸命にプレーをすれば、永遠にファミリーとして受け入れてくれる新潟サポーターの暖かさを知っただろう。そして、この時の拍手と声援は、いつか必ずチームを、ピッチを去らなくてはならない時が来る選手に、少なからず勇気を与えてくれたのではなかっただろうか。敵地でのコールに、両手をあげて応える山口の姿を見ながら、そんなことを考えていた。

2007年6月26日 16時45分

PROFILE of 浅妻 信(あさつま まこと)
1968年生まれ。新潟市出身。新潟高校卒業後、関西で長い学生時代を過ごす。アルビレックスとの出会いは99年のJ2リーグ開幕戦から。以来、サッカーの魅力にとりつかれ、現在に至る。2002年、サポーターのみでゼロから作り上げたサポーターズCD「FEEEVER!!」をプロデュースして話題に。現在もラジオのコメンテーターだけでなく、自ら代表を務める新潟県社会人リーグ所属ASジャミネイロの現役選手としてフィールドに立つなど多方面で活躍中。