2007.07.03 第18回「ジュニアを育てる環境」

 広島戦の翌日、生まれて初めて菅平に行ってきた。ラグビー合宿の聖地としてあまりにも有名なところであるが、近年、サッカーにも力を入れており、多くの大会も開かれているようだ。招待してくれた長野のチームスタッフの話によると、菅平だけで130ものピッチがあり、驚くことにほとんどが天然芝。整備も完璧で、どこも青々とした芝が生い茂る。いずれも各宿泊施設のプライベートピッチで、大きさもまちまちなのだが、町中に点在するそれがなんともいえない風情を生み出していて、町を車で走るだけで楽しくなってくる。試合前に流れる、J100年構想のCMモデルがまさに、これではないか。

 今回の遠征はジュニアでいった。僕は広島戦があったので、翌日合流にしてもらったが、子供達は初めての1泊2日の遠征である。元アンダー日本代表候補にして、元体育教師、つまりはバリバリの体育会系であるコーチが、今回、引率を買って出てくれたのだが、団体生活を教えると張り切っていたとおり、入浴の仕方から、食事(出されたものは全部食べる)、5分前行動まで、厳しくも、非常に有意義な遠征になったようである。
 もちろん、県外チームとの交流戦を通じて、2日間、みっちりと実戦形式でトレーニングできたことは大きい。僕がみている学年は、ちょうど、フットサルコートで行う「ミニサッカー」から、広いグラウンドで行う「サッカー」への転換期で、教える方が悪いのであろうが、この切り替えがうまくいかずに戸惑っている子が多いのだ。

 一般に、グラウンドが広くなるということはどういうことかというと、スペースが多くなるということだ。サッカーに余り詳しくない人でも、守備戦術の一つが、プレスであることはわかるだろう。できるだけ、密集状態を作ってやり、プレッシャーを強め、攻撃側のミスを誘う。そのプレスの反対がスペースゆえ、素人がえらそうに垂れる講釈は遠慮させて頂くが、スペースをいかに作るかが、逆に攻撃戦術の基本になることは分かると思う。そういう意味で、サッカーは、ある視点から見れば、スペースを巡る(潰す、創る)攻防ともいえるだろう。
 一方、スペースが増えると、どうプレーが変わるかというと、走らなくてはならないことになる。走らなくては、スペースを創り出すことも、それを利用することも出来ない。そして、スペースの世界では、スピードが一番の武器になるのだが、必ずしも足が速い奴が常に勝つとは限らないのがサッカーである。いや、彼らが優位に立つのは間違いないのだが、スピードのないものでも、工夫次第でなんとでもなる。緩急をつける、動き出しを早くする・・。このように、単純な身体能力だけでなく、頭と判断が求められてくるのが、サッカーなのだ。

 彼らが少し前までやっていた「ミニサッカー」は、常にプレスのかかった状態で行うため、基本的に足元でボールを受けて、そこから勝負するサッカーだった。ある意味、狭いスペースでの個人技術の優越が、勝敗を決し、そこに「判断」が入る要素がなかったともいえる。しかし、スペースが出てくる「サッカー」では、前段で書いたとおり、ボールを持っていない時の工夫が必要になってくる。いや、工夫というよりも、いかにプレーイメージが描けているかの問題だろう。ボールを受けてから、さぁどうするか、ではなくて、ボールを受けてからどうしたいのかが、事前に頭の中で描けてなくてはならない。つまり、僕はこうしたいから、こうボールを受けるという発想が必要になってくるのだが、なまじ、技術のある子に限って、そういう工夫が足らず、そればかりか走ることも足りないので、次第に壁にぶつかってくるようになるのだ。これが、いわゆる、オフ・ザ・ボールの動き、判断のスピードと呼ばれるものである。これらは、もちろん、年齢と経験を重ねるにつれ克服するもので、ジュニアの世代に、即、これを期待するのは無理なのは百も承知だが、これさえ分かれば、劇的にサッカーも楽しくなるので、次の世代にスムーズに繋げるように、なんとかエッセンスを体に染みこませて欲しいと思っているところなのである。

 その点と言っては失礼だが、格好の教材が目の間にあるのは好都合である。地元のトップクラブである、アルビレックスが展開するサッカーは、人とボールが本当に動く、これ以上ない教材だ。サイドでの数的優位の作り方、崩し方。詰まったときの作り直し。内田、マルシオ、エジミウソンのトライアングルは、FIFAが世界に向けて紹介すべき素晴らしい教材ではないか。守備面でもそうだ。前線からの激しいプレス。かならず、ボールキャリアに対して、複数でアタックにいく約束事。今年のアルビレックスの試合を見ていると、本当に走るということの大切さを知ることが出来る。最近、特に、アルビレックスの試合を見るように口を酸っぱくしてい言っているのだが、昔だと、ゴールが入った、入らないだけで沸いていた子供達の視点が、徐々に変わってきていることに気づいた。
「あぁ、こうやってボールを回せばいいのか」「今、あの選手がフリーだったね」

 工夫次第でどうにでもなるとはいえ、新潟の多くのジュニアが、広いスペースの練習場が使えないハンディがあるのは否めない。体育館程度のスペースでは、やはり、「突き抜ける動き」や「スペースにボールを出す」という意識を自然に持たせるのは少し困難だと思う。そういう意味で、練習環境というのは大事で、それこそ、菅平の美しい天然芝ピッチの数々が羨ましいのであるが、僕らは、それと同等、もしくはそれ以上のアドバンテージを持っていることを誇るべきであろう。
 それほど、今年のアルビレックスのサッカーは素晴らしいと思う。3位という成績は決してフロックでも、珍事でもないのだ。もっと、もっと美しいサッカーを楽しみに、スタジアムに人は来るべきだし、指導者も子供達もこれを逃してはいけないと思う。

2007年7月3日 16時21分

PROFILE of 浅妻 信(あさつま まこと)
1968年生まれ。新潟市出身。新潟高校卒業後、関西で長い学生時代を過ごす。アルビレックスとの出会いは99年のJ2リーグ開幕戦から。以来、サッカーの魅力にとりつかれ、現在に至る。2002年、サポーターのみでゼロから作り上げたサポーターズCD「FEEEVER!!」をプロデュースして話題に。現在もラジオのコメンテーターだけでなく、自ら代表を務める新潟県社会人リーグ所属ASジャミネイロの現役選手としてフィールドに立つなど多方面で活躍中。