2007.11.13 第37回「オムレツとインサイドキック」

 冬の高校選手権の新潟県大会決勝は、延長戦でも決着はつかずPK戦に持ち込まれた。PKスポットからゴールラインまでは11m。僕らでも、そのぐらいならほぼ狙い通りの箇所に蹴りこむことが出来る距離なのだから、プロはもちろん、アマチュアでも、高校のトップに立つ彼らならば、たとえGKが反応してもゴールネットを揺らすだけのコントロールとキックスピードがあるのは言うまでもない。ところが、障害物(GK)が立ち、さらに失敗が絶対に許されないという異様なプレッシャーがかかると、このキック合戦も立派な「競技」になるから不思議なものである。日本代表である遠藤のPKが特徴的だが、あれが許されるのも、単なるキックというよりも、GKとの駆け引きがかなり重要な要素を占めているからというのも分かろう。
2人目が外した北越に対し、3年目の悲願達成を目指す開志学園は4人のキッカーが順調にゴールネットを揺らす。そして、5人目。これを決めればついに全国が・・・、のシーンで5人目の決勝キッカーは外してしまった。この時点で一気に形勢逆転。6人目が決めた北越に対し、ショックを拭いきれない開志学園は引き続き外していまい、北越高校が全国大会出場を決める。劇的な幕切れに両チームとも涙、涙である。開志学園の5人目、6人目のキッカーの未来に幸あれ。

 PKといえば、先日の東京戦では、エジミウソンのPKが決勝ゴールとなり、色々なもやもやを吹き飛ばす貴重な勝ち点3を獲得した。エジミウソンのPKは常に安心してみていられるが、それは、こういう駆け引きを超えた技術、すなわち狙ったところに確実に蹴り込めるキック技術があるからである。スピードのある選手の宿命で、その基本技術は低く見られがちだが、そんなことはなく、それどころか、どのチーム関係者に聞いても、チームトップクラスであるとその技術を褒め称える。キックだけではない。ボールの置き方、相手の裏の取り方など、サッカーの基礎の基礎が叩き込まれているのがエジミウソンなのだ。まさに、ブラジル恐るべし。

 エジミウソンが今回のPKでも使ったキックがインサイドキックである。エジミウソンはこのインサイドキックが強烈だ。キックの種類はいくつかあるのだが、ボールを捉える面積が大きく、したがって確実にミートでき、もっとも正確に蹴れるキックとして、このインサイドキックが実際のゲームでもっとも多用される。サッカーは、パスゲームゆえ、まずこれをマスターしないと前に進めない。そういうわけで、特に大人になってからサッカーを始めた人は、まずこのインサイドキックを練習させられたと思うが、同時に、このキックで、スピードあるボールを蹴るのは難しいことも知っているだろう。なぜなら、足首を直角に曲げたまま固定し、綺麗にスイングすることは、人間の進化の過程で日常の動きとして認められておらず、股関節の柔軟さと、正しいキックフォーム(押し出して蹴るのは間違いで、ゴルフクラブのように弧を描いて蹴る)を要するからである。

 どんな分野でもそうだが、一番基本的なものほど難しいというか、技術力がそのまま出ると言われる。山岡士郎の指示で、たびたびオムレツを作らされる料理人も、きっとパソコンモニターの向こうで大きく相づちを打ってくれていると思うが、なにを隠そう、インサイドキックが下手で下手でしょうがない僕がそれを一番実感しているので間違いない。野球でもうまい人のボールは手元でグィっと伸びてくるが、サッカーもしかり。上手い人のインサイドキックは、地面を滑るような生きたボールが飛んでくる。

 色んな意見があるだろうが、僕は、みんなでボールを繋いで、ゴールを奪うのがサッカーの魅力だと思っている。野洲高校の山本監督が言うように、「ドリと見せかけてパス、パスと見せかけてドリ」というような、相手の裏をとるプレーはもちろん、サッカーは、フィールドの至るところでいくつもの判断が存在し、またチームメイトともそれを共有しなくてはいけないから、それがはまった時の喜びは何事にも代え難いのだ。
 手前味噌だが、僕が教えているジュニアの子も、最近になってようやく、この判断力と、自分たちでゲームを組み立てる意識が出てきたように思える。もちろん、そんな高度なレベルではなく、サッカーというものが少しは分かってきたかな、という感じにすぎないので鵜呑みにしないで欲しいのだけれども(笑)、僕は、その要因の一つが、キック技術の向上にあると思っている。地味な基本練習の積み重ねで、そこそこのスピードと、綺麗な回転のかかったインサイドキックが、味方の足元にビシっと入るようになった。受ける方も余裕を持って処理できるから、事前の状況判断も出来るし、敵に対しても余裕を持って対処し、それこそ、「パスとみせかけてドリ」も、おっと思うようなプレーも随所に出るようになってきた。一気に、サッカーの世界が広がり、プレーしていても本当に楽しんでいるように思える。

 これまでの日本、とりわけ、ジュニアの世界では、ドリブルばかりが個人技術の全てのように扱われ、見た目が地味なキック練習、技術はかなり軽視されてきたように思える。むろん、逆にキック重視を唱えるわけではなく、あくまで、バランスという意味で提言しているだけなのだが、エジミウソンをはじめとした、何人かの選手のピッチを滑るような正確無比なインサイドキックを見ると、改めて、蹴る技術の大切さを実感してしまうのだ。

 そういえば、以前も紹介したが、アルビのスクールに通っている息子が、満足に出来もしないのに、ゲーム中に雰囲気だけで得意になって蹴っていたキックを叱られたという。「インサイドでビシっとしたボールもまだ十分に蹴れないのに、そんないい加減なキックを今のうちから蹴ってはいけない」、という。また、うちのクラブにいる、学生時代、京都で釜本2世と言われたコーチも、「ゴール前の小手先でかわすシュートはまだ早い。そういのは、まず、相手GKを体ごと吹っ飛ばせるシュートを蹴れるようになってからだ」と、釜本2世らしく、力強く語る。なるほど、理想的なPKは、日向小次郎のように、キーパーごとゴールに叩き込むシュートらしい。

 いずれにせよ、子供の時から、こういう指導者に恵まれた子は実に幸せだと思う。オムレツが卵料理のそれであるように、正確無比なインサイドキックはサッカーの入り口であり、また究極の目標なのである。

2007年11月13日 09時52分

PROFILE of 浅妻 信(あさつま まこと)
1968年生まれ。新潟市出身。新潟高校卒業後、関西で長い学生時代を過ごす。アルビレックスとの出会いは99年のJ2リーグ開幕戦から。以来、サッカーの魅力にとりつかれ、現在に至る。2002年、サポーターのみでゼロから作り上げたサポーターズCD「FEEEVER!!」をプロデュースして話題に。現在もラジオのコメンテーターだけでなく、自ら代表を務める新潟県社会人リーグ所属ASジャミネイロの現役選手としてフィールドに立つなど多方面で活躍中。