2005.05.09 A THEATER OF BLISS

 限界だったのはジャック・バウアーだけじゃなかった(前号参照)。好天のせいもあったかもしれない。連休中の高揚感もあったかもしれない。しかし、僕はこれほどまでに幸福感に包まれたスタジアムを知らなかった。どんな上質の小説でも、ドラマでも描くことのできない至福の余韻。この日の新潟スタジアムはまさに劇場と呼ばれるにふさわしい盛り上がりをみせ、またドラマティックに締めくくった。スタジアムからの帰り道、誰もがジャック・バウアーと化し、携帯片手に大統領に勝利を報告していただろう(だからそのネタはもう、えぇっちゅうねん)。

 対戦相手の川崎はご存じの通りJ2時代からのライバルであり、大宮もそうだが、やはりよく知った相手の方がサポーターとしても燃えるというのが正直なところ。申し訳ないが、浦和レッズあたりをライバルにあげる人は、人それぞれの事情はあるだろうがライバルの意味をよくわかっていない。こういうライバル関係は与えられたものではなく、数々の歴史を通じて生み出されるものだ。その点からすれば、おそらく僕らが2年前に作った「LOVE KAWASAKIシャツ(機会があればこの手の話もしてみたい)」のアンサーと思われる「LOVE MARCUS」の横断幕を掲示して、試合前から我々を煽る川崎のサポーターというのは、さすがにこの辺のテイストをよく理解していると思われ、こちらも嬉しくなってくる。

 春の陽光、川崎という対戦相手、さらに大いに盛り上がったMSNサンクス・デーのイベントという祭りの様相が一変したのは試合前のピッチ練習からであった。グラウンドに現れた平岡コーチ、古邊コーチ、通訳のモトハルの丸めた頭を見てただならぬ気配を感じたのは僕だけではないはずだ。順位こそ17位とはいえ、まだシーズンの序盤である。彼ら3人がプライベートで粗相をしたというニュースは僕の耳には入っていないし、オシャレでやったと言い切るには、ジャージ姿があまりに痛々しい。
 これに呼応するかのように、スタメン、フォーメーションともかなりいじってきた。気迫が表に出る優蔵、岡山が初スタメンを飾るとともに、ダブルボランチを敷いてきたのである(後ろが3枚か4枚かは試合の局面ごとに変わるのが当たり前なので、それほど気にしない)。まさに背水の陣。僕はこの日、プライベートでも優蔵と仲が良く、また高校時代、岡山とも戦ったことのある友人と一緒に観戦していたのだが、彼などは試合前からもう涙目であった。

 試合はそんな彼を序盤から狂喜乱舞させることになる。スタッフの思いをのせ、またチームにのしかかる重圧を振り払うかのように優蔵が、岡山がスライディングタックルで前線から激しくチェックを入れる。岡山などは、イエローカードをもらったにも関わらず、そのアグレッシブさを崩そうとしない。ピッチ上の選手の気迫がそうさせたのか、はたまた、スタジアムの雰囲気がそうさせたのか、監督コメントにもあったようにスタジアムは前半から一気にフルスロットルに入っていた。

 後半開始早々。スタジアムに最初の歓喜が訪れる。優蔵がファン・ニステルローイばりの反転シュートを左ネットに突き刺したのだ。しかもインフロントでカーブをつける小技つき。昨年、世界王者のボカ相手にゴールを決め、「さすが世界規格」と言わしめた男であるが、このゴールもやはりワールドクラスであった。この男は勝負強い。そして、スタジアムの全員が同点ゴールに浮かれている中、いち早くボールをゴールから取り出し、センターサークルへ走っていったのも優蔵であった。スタジアムはこれでさらに燃えた。

 劇場のクライマックスは定石通りエンディングにあった。84分、チーム全員の頑張りでとったフリーキック。そこに千両役者のように満を持してピッチに登場したのがアンデルソン・リマであった。決して誇張ではない4万人の割れるようなリマコールの中、集中を高めるリマ。サッカースタジアムではあまりお目にかかることのない、「間」の緊張感。「ここで決めたら漫画だよ」。あちこちでそういう囁きが聞こえる。壁の位置取りは実に数分要し、その間も劇場は異様なうねり声を発していた。
 しかし、結末は一瞬だった。リマの右足が振り抜かれたと思うと、弾丸のようなシュートがネットを突き刺し、気がつくと、上半身裸になったリマが歓喜の叫びをあげてゴール裏に走っていったのである。その日の晩のテレビニュースで僕はその弾道を改めて見た。解説者によっては、GKの吉原が逆をつかれたと言っていたが、そんなことはない。彼はボールに反応していた。しかし、彼の予想を上回るスピードと落差の大きいカーブが、あたかも彼を愚者のようにみせたのだった。

 ご存じの通り、このコラムはインターネット掲載の特長を生かし、アップ・トゥ・デートでの更新をモットーとしている。そうであるならば、8日の柏戦のことを書くべきであり、またそれを期待していた人も多かったかもしれない。
 結末が満点じゃなかったこともあるが、僕はあえて賞味期限が切れたともいえるこの川崎戦のことを書くことを選んだ。それほどまでにリマのキックが劇的だったこともあるが、それ以上に僕が酔っているのは、ホーム新潟スタジアムのあの雰囲気かもしれない。かつて、日本にホームの利など存在しないと言われていたが、今なら明確にそれを否定できる。それほどまでに新潟スタジアムの雰囲気はすばらしいし、事実、チームの成績がこれを証明している。

 次の相手は首位を独走する鹿島であるが、僕はこのスタジアムで首位チームを迎え撃つことができる幸せをひしひしと感じている。リーグ中断前の最後の1戦。この試合もまた最高の雰囲気の中、みんなで戦おうじゃないか。
 2週間に一度訪れる至福の日。これはJリーグチームのある町だけの特権である。

2005年5月9日 浅妻 信

PROFILE of 浅妻 信
あさつま まこと 1968年生まれ。新潟市出身。新潟高校卒業後、関西で長い学生時代を過ごす。アルビレックスとの出会いは99年のJ2リーグ開幕戦から。以来、サッカーの魅力にとりつかれ、現在に至る。2002年、サポーターのみでゼロから作り上げたサポーターズCD「FEEEVER!!」をプロデュースして話題に。現在もラジオのコメンテーターだけでなく、自ら代表を務める新潟県社会人リーグ所属ASジャミネイロの現役選手としてフィールドに立つなど多方面で活躍中。