2007.06.12 第15回「我らが秘密兵器という発想」

 目を疑った。長岡でのサッカー大会を終え、自宅に戻り一息ついた後、いつも巡回しているFCバルセロナのファンサイトをチェックしたが、今朝、出発直前まで追っていた2試合の結果は、何れも2-2のドローを告げていた。

 Jリーグはまだまだ半分も消化していないが、欧州の主要リーグはほとんどシーズンを終えている。そんな中で、文字通りのクライマックスを迎えているのが、スペインリーグである。今節を迎えるまで、首位レアル・マドリーと2位FCバルセロナのポイント差はゼロ。スペインリーグでは得失点差は関係なく、勝ち点が並んだ場合は、直接対決の結果で順位を決するため、マドリーの1勝1分けで終えた今シーズン、バルサがマドリーの上を行くためには、ポイント数で1でも上回らなくてはならない。そんな中、マドリーが、難攻不落のラ・ロマレダ(サラゴサのホーム)に乗り込んだのに対し、バルサが、カンプノウにエスパニョールを迎えたのが今節である。最終節となる次節が、お互い取りこぼしが考えられないことを思えば、今節がまさに決戦であったのだ。

 あくまで僕の目線であるが、今年のスペインリーグは近年にないグダグダっぷりだった。序盤のマドリーの迷走はいうに及ばず、バルサも、昨年あれほど各方面で絶賛された、芸術的なサッカーが嘘のように低いパフォーマンスを露呈し続けた。その気になれば、序盤で独走が可能であったのに、肝心なところで勝ちきれない。これで優勝杯をプレゼントするほどスペインリーグは甘くなかったのだろう。気がつくと、僕の中で「圏外」にいたはずのマドリーがヒタヒタと順位を上げ、ここに来て順位をひっくり返してしまったのである。
 上り調子、イケイケドンドンのマドリーもさることながら、バルサも尻に火がついたのか、ここ数試合のパフォーマンスはすこぶる良い。どうして、このパフォーマンスがシーズンを通して出来ないのか文句の一つでもいいたくなるが、選手も人の子、昨シーズンの達成感に加え、ワールドカップ直後のリーグ戦であり、パフォーマンスの維持が難しかったのだろう。ただ、勝負所となると別。トップアスリートが集中を持てば、これだけの戦いを見せることができるというようなゲームが続き、僕の日常でも、再び、早朝に目覚ましをかけて生観戦する日が戻っていたのだ。

 この日もまさに、そんな試合だった。日本での放映権を持つテレビ局の選択で、ライブ中継はマドリーvsサラゴサだったが、早朝慌ててテレビをつけた僕の目に飛び込んできたのが、いきなりのPKシーン。先制点を上げ、歓喜するサラゴサの選手が画面に映し出される中で、その直前にバルサが、エスパニョールに先制されていたことを知った。寝ぼけ眼の頭ではなかなか事態が飲み込めない。え?、バルサが負けているってどういうこと?頭の中が整理できないまま試合を見ていると、突如、ラ・ロマレダのスタンドがプレーと関係ないところで沸く。カンプノウで、メッシが同点ゴールを決めたらしい。これでようやく、体にスイッチが入った。このまま、両方のゲームが終われば、バルサが首位奪回に成功。しかし、この2次元中継のドラマは、脚本家の書いたシナリオ以上の展開をみせていったのである。両会場で追いつ追われつの激しい試合が繰り広げられた。僕が後ろ髪引かれる思いで、自宅を後にしようとしたときは、残り時間5分を切り、ラ・ロマレダが1-2でマドリーがビハインドを負い、カンプノウでは逆にバルサが2-1でリードしていた。どう、転んでもバルサが首位奪回を果たしていたはずだった。

 モニターの前で、僕はまだ現実を受け入れられないでいた。残り5分で一体何が起きたのだ?

 先ほど、ビデオを見終えて残り5分、いや厳密に言えばロスタイム直前に2会場で何が起きたかを知ることが出来た。先に動いたのはラ・ロマレダの方である。88分、マドリーの優勝にかける執念がそのままプレーに現れたような、ファンニステルローイの泥臭くも素晴らしい同点ゴールが生まれる。そして、その直後、カンプノウに悲劇が襲う。前半の失点シーンの再現のような、痛恨のラインコントロールミス。89分、タムードの同点ゴールがネットを揺らした瞬間、沈黙ではない、ただ現実を受け入れられないざわめきのような、何とも言えない間が画面から伝わってきた。1分間の間に天国から地獄へ。ラ・ロマレダの狂喜と、カンプノウの沈黙。実際、映像を目にしても絶対受け入れがたい展開だった。

 しかし、僕にとって最悪となった結果と裏腹に、両試合とも、ピッチとスタンドの両方が熱気と興奮に包まれた素晴らしい試合だったのは間違いない。このような興奮は、重々しいトーナメント戦では味わえない。1シーズンを通じて戦う、長丁場のリーグ戦だから創出することが出来るのだ。リーグこそ違え、僕らもそういう経験があるから、大きく頷いてもらえるはず。J2時代の心臓をえぐるような、昇格争いの日々。2002年の長居があったから、2003年の11月23日がある。また、優勝争いと全然関係のない、サラゴサもエスパニョールも、意地をかけて相手を倒しに来るから、好ゲームが生まれることも否定できない。第三者のバルサのリードに大歓声をあげるサラゴササポーター。一方、エスパニョールの選手などは、タイムアップの瞬間、ドローにもかかわらずガッツポーズである。宿命のライバルをタイトルから引きずりおろしてやった満足感。思えば、この日、ひときわ輝いていた2人、デ・ラ・ペーニャはバルサを追放された過去があり、タムードには、カタラン人ながら、マドリディスタを公言してはばからない背景があった。この辺、過去や現在の怨念を表立ってアピールできる文化は日本にはないだけに羨ましいというか、なんというか・・・

 こういう異文化について話を続ければ、先にあげたバルセロナのファンサイトで、こんなメッセージがあり、しばらく意味が分からなかったものがある。

 最後の希望の星にして我らが秘密兵器ガジーナ・マクシ

 マドリーの最終戦の相手はマジョルカ。マジョルカには、バルサからレンタル移籍しているマクシ・ロペスというアルゼンチンフォワードがいる。つまり、俺たちのマクシが、バルセロニスタのマクシ・ロペスが、俺たちに代わってマドリーを沈めてくれるという意味だ。こういう発想って凄くいい。陽性の発想というか、なんか希望が見えてくるから不思議だ。
 もし、マクシ・ロペスが、バルセロニスタの期待通りに、ゴールを奪ってマドリーを沈めたら、彼は、ご褒美として来シーズンバルサに復帰になるだろう。この説をありえない、と一蹴するようなら、あちらの文化も、メンタリティも受け入れられないはず。そういうわけで、僕は、栗原圭介が新潟戦に出場しなかったのも、彼たっての希望として理解しているのだ(笑)

 さぁ、マクシ・ロペス主演のメイク・ドラマはあるか。スペインリーグに興味のない人も、是非、最終節の結果に注目して欲しい。

2007年6月12日 17時06分

PROFILE of 浅妻 信(あさつま まこと)
1968年生まれ。新潟市出身。新潟高校卒業後、関西で長い学生時代を過ごす。アルビレックスとの出会いは99年のJ2リーグ開幕戦から。以来、サッカーの魅力にとりつかれ、現在に至る。2002年、サポーターのみでゼロから作り上げたサポーターズCD「FEEEVER!!」をプロデュースして話題に。現在もラジオのコメンテーターだけでなく、自ら代表を務める新潟県社会人リーグ所属ASジャミネイロの現役選手としてフィールドに立つなど多方面で活躍中。