幾多の名勝負を演出してきた市陸。ホームのゴール裏にそびえ立つ市役所の壁にはビッグフラッグが掲げられ、ナイターの際にはライトアップもされた。
チームにとって原点と言えるホームグランドは鳥屋野球技場であり、サンスポ新津かもしれない。しかしホームスタジアムと呼べた最初のスタジアムは間違いなく新潟市陸上競技場。つまり『市陸』だろう。市役所隣に位置する市陸は、交通のアクセスが大変良く、また新潟のビジネス街・繁華街である古町にもほど近い。週末の試合は勿論のこと、平日の仕事帰りにナイター観戦。私達は試合が終われば古町へと繰り出し、アルコールと共にサッカー談義に花を咲かせた。ほんの少し前、市陸は、間違いなく、我らアルビレックスサポーターにとっての聖地だった。
日本で三本の指に数えられた素晴らしいピッチを持つ市陸は幾多の名勝負をも演出してきた。『ハイヒールでピッチにあがんじゃねーーよっ!』と負け惜しみを叫びながら東京ガスのJ1昇格を目の前で見せつけられたあの日。木澤がタッチライン沿いをセクシーに駆け上がるとスタジアムのボルテージは最高潮に達し、瀬戸がペナルティエリア外から見事な宇宙開発を蹴り上げると、スタンドはため息に包まれた。
鳴尾が赤いチーム相手にハットトリックを決めたあの日は試合終了後、赤いバスが競技場出口で赤い人々に囲まれ立ち往生し、投げつけられた生玉子に包まれた(笑)。
そしてなんと言ってもW杯イヤーの4/24(水)に行われたセレッソ大阪戦。あの日の平日ナイターを、私は今でも鮮明に覚えている。市陸が最も市陸であった日だ。仕事帰りのスーツ姿が目立ったメインスタンドからも『おらー、セレッソがなんぼのもんじゃぁーー!』『代表の森島・西澤がなんぼのもんじゃぁーー!』の空気が間違いなく渦巻き、その空気は確実にピッチに降り注がれていた。ビデオをお持ちの方はぜひ見直して欲しい。市陸の市陸たる所以がこの試合で存分に発揮されている。その勝利を足がかりにアルビレックス新潟は順位を上げていった。
J1昇格が現実味を帯び始めたその年の初秋、後援会の方から相談を受けた。『市役所分館の壁面にビッグフラッグを吊り下げられないか?』と。スタンドにオレンジ色のビニール袋を配り『市陸をチームカラーのオレンジに染めよう!』と独りよがりな活動をしていた頃から、ホームG裏のすぐ後ろにそびえ立つあの市役所の壁をなにかしら応援に利用できないものか?と、他のメンバー達と話していた。そのチャンスが訪れたのだ。私は仕事をそっちのけで(笑)、市役所へお願いをしに出向いた。必ず今シーズン(’02)も、昇格争いは終盤までもつれるだろう。最終戦の昇格をかけたここ一番という試合で、ホームG裏の市役所の壁面に、あのビッグフラッグが掲げられれば昇格に向けて最高のステージができるのではないか!? 後援会の方と二人で必至に頭を机にこすりつけてお願いした。
さすがに屋上からの作業では危険が伴い、一般のサポーターが行なうには難しい。ゆえに専門の業者さんに作業をお願いし、その費用はビッグフラッグ募金の残金から捻出した。その年のチームの結果は皆さんご承知の通り。昇格が義務となった翌シーズンからは、新たに後援会の方や賛同したサポーターにより掲揚募金が集められ、昇格シーズンのスタートダッシュに貢献する事が出来たと思っている。ナイターで掲揚される時にはライトアップもされた。対戦チームのサポーターのHP上では『あれは、反則だろう!』と、私達にとっての賞賛(笑)を浴びていたようだ。それはそうだろう。あそこまでスタジアムからはみ出した応援は全く聞いた事がない。新潟でしか出来ないものだ。そんな市陸が私は愛しくてたまらない。
さぁ、そんな市陸でセビリアとの親善試合が行なわれる。しかし正直に今の私の胸のうちを言うならば、そのセビリアが相手と言うより市陸で3年振りにアルビレックスのゲームが開催されるという事実に心踊らされている。さすがに今回、ビッグフラッグは市役所壁面に掲揚はされないが(笑)あの一体感は戻ってくるのだろうか? 独特な濃い雰囲気のなかで、好ゲームが進められるのか? そして折しも、開催日時は、金曜日! それもナイトゲームだ! 試合後は古町に、フラッと歩いて、繰り出すぞー! あ~、想像すると、たまらない(笑)
おっと、その前に、チケット買わなきゃ。
2006年7月22日 岡田 穂
PROFILE of 岡田 穂
おかだ みのる バルコム時代よりチームを応援する最古参ともいえるサポーター。ビッグフラッグ募金やその後のスタジアムでの掲揚でも活躍。開幕前に行われたサポーターカンファレンスを主催するなどチームとサポーターの橋渡し役の一面もある。サッカー狂いが転じて現在は芝生マニアにもなりつつある。