先日行われたスペイン国王杯準決勝で、伝説となっている86年ワールドカップの「あの」プレーがそっくりそのまま現代に甦り、世界中で話題になっている。話題の主はFCバルセロナ所属のメッシー。ハーフライン手前でチャビからボールを受けると、まずファーストタッチで1人かわし、続いてアプローチしてきた2人目を鋭いカットで裏を取り、完全に置き去りにする。恥をかかされた二人が猛スピードで追いかけ、イエロー覚悟の抵抗を見せようとするが、瞬時にトップギアに入った彼は、そのチャンスすら与えない加速でどんどん引き離す。ペナルティエリア付近で待ちかまえる二人のディフェンダーを、そのままのスピードと見事なボールタッチで抜き去ると、後はゴールキーパー1人だけ。一瞬のシュートフェイクでキーパーをフリーズさせると、そのままキーパーも抜き去り、ゴールネットにシュートを突き刺した。時間にして12秒。プレスのきつい現代サッカーでは再現不能といわれたマラドーナ以来の5人抜きスーパープレーであった。
メッシーは12歳からバルセロナの下部組織で育ったが、彼の母国はマラドーナと同じアルゼンチン。日本では、タカアンドトシの「欧米か」にも出てくるように、サッカーといえば南米、とりわけブラジルの印象は強いであろうが、アルゼンチンも世界中にファンを持つサッカー強国である。ブラジルサッカーが、ジンガと言われる独特のリズムをベースにしたイマジネーションと極めて高い個人技を特徴として持つのに対し、アルゼンチンサッカーは、マラドーナのような怪物も生まれたが、基本的に、攻守のアグレッシブさとショートパスで組織的に戦うのが特徴といえるだろう。
実は、日本サッカー協会が、代表強化の未来像として描いているのはアルゼンチンであると言われている。ここで取り上げたメッシーやマラドーナは言うに及ばず、世界中で活躍しているアルゼンチン人プレーヤーを思い浮かべてみれば、小柄な選手が多いことに気づくだろう。アイマール、ダレッサンドロ、サビオラ、テベス、ガジャルド・・・。また、ドリブルなどの局面打開の個人技術がかなり高いにもかかわらず、彼らは試合になるとエゴを捨て、誰に言われるでもなく、勝利のためにチームブロックで戦うことが出来る集団だ。ドイツワールドカップで見せた、何本ものショートパスを繋いでゴールを奪ったシーンは皆さんの記憶にも新しいであろうが、それよりも戦術的に注目すべきはアグレッシブな守備である。ボールキャリアに対し、前線から数的優位を作ってガツガツと激しいあたりを繰り返す。形だけの攻撃的守備ではない。あくまでもボールを奪うことを目的とした文字通りの攻撃的なディフェンス。抜かれることよりもボールを奪うことにチャレンジする。そして、ボールを奪うやいなや、全員が動き出して、あっという間にゴールに襲いかかる。
もちろん、これらのサッカーを可能にするのは、完璧なテクニックである。その点、僕がそのプレーが好きで、いつも注目しているのがサビオラだ。メッシー同様、170センチに満たない身長で、センターフォワードのポジションを務めることが出来るのは、完璧なテクニックとインテリジェンスがあるからに他ならない。ボールを持っていないときの動きはもちろんのこと、まず目につくのは、ファーストタッチの素晴らしさだろう。僕が教えている子にも口を酸っぱくして言っているのだが、トラップとファーストタッチは似て非なるもの。ファーストタッチはプレーの第一歩、すなわち自分が次に何をしたいかによって変わらなくてはいけない。つまり状況判断と技術の複合技だが、それが素晴らしい。フィールドのいかなる場所でも最適の選択をする。一度叩いて、もう一度動き直したり、かと思えば、僅かなスペースにボールをコントロールし、凄まじい瞬発力で密集を抜け出す。左右、頭、どこからでもシュートが打て、また正確にゴールを射抜く。余談だが、多くの指導者が言うように、GKの位置を見てシュートを打っているようじゃ駄目なんだそうだ。GKの位置ではなくて、ゴールのどこが空いているかをいち早く見る。これなんかは、逆に野球をやっていた人なら納得できる理論ではないか(※投手は投げ終わるまでキャッチャーミットから目を離すな、と教えられる)。
そんな、「参考になる選手揃い」のアルゼンチンだから、昨年、ワールドカップのチケットを応募する際に、僕が1点買いしたのがアルゼンチン戦であった。そして、見事にアルゼンチンvsコート・ジ・ボアール戦が当選。ハンブルグの素晴らしいスタジアム、素晴らしい席(ゴール裏真裏の4列目)で見た、アルゼンチン代表の生のプレーは、僕の想像を超えるハイパフォーマンスだった。全てのゴールシーンが僕の目の前、距離にして10mにも満たない場所で繰り広げられた。リケルメからの信じられないパスの軌道に、いち早く反応しているサビオラの動き出し。そして、神技のようなファーストタッチシュート。今も目に焼き付いているシーンだ。
小兵のプレーヤーは、努力しないと高いレベルでは生き残ってはいけない。逆に生き残っているのは何らかの理由がある。状況判断、ボールの置き方、そしてファーストタッチ。新潟で言えば、アルゼンチン人ではないが、マルシオの技術が本当に高く、スタジアムで彼のプレーを見るのが、毎試合楽しみになっている。アトムもしかりだ。
サッカーといえば、ブラジル代表が商業的に数段上だが、アルゼンチン代表にも是非注目して欲しい。日本人が目指すべきサッカーはそこにある。
2007年4月24日 12時58分
PROFILE of 浅妻 信(あさつま まこと)
1968年生まれ。新潟市出身。新潟高校卒業後、関西で長い学生時代を過ごす。アルビレックスとの出会いは99年のJ2リーグ開幕戦から。以来、サッカーの魅力にとりつかれ、現在に至る。2002年、サポーターのみでゼロから作り上げたサポーターズCD「FEEEVER!!」をプロデュースして話題に。現在もラジオのコメンテーターだけでなく、自ら代表を務める新潟県社会人リーグ所属ASジャミネイロの現役選手としてフィールドに立つなど多方面で活躍中。