2007.10.30 第35回「ザ・シンプル」

 シンプルではなくスランプである。シンプルどころか、物事を複雑化しすぎているようである。ちょうど、人生のバイオリズムが変な周期に入っているのだろうか、何をやっても冴えないということがあるが、今がまさにそれにあたっている気がする。まるで他人事だが、先週書いた不思議なコラムも、そんなメンタル状態を反映してのものに違いない。格好の息抜きになるはずのサッカーに関してもそうで、今更ながら、サッカーが難しく感じられてしょうがない。子供を教えていても、自分でプレーしていても何とも言えない閉塞感が僕を包む。ゲーム中も迷いの連続。僕のところでリズムが止まり、ボールを失うこともしばし。一気に年齢を感じ、自信を失ったような気がする。

 もっとも、そんなことを友人にこぼしたら、いとも簡単に一蹴されてしまった。
 「自分が要求するレベルが高すぎるんですよ」
 なるほど、確かにジャミネイロのメンバーを見渡すと、気がつくと元プロをはじめ、野球で言えば、甲子園球児クラスの選手がゴロゴロと目に付くようになってきた。対戦相手もしかりである。自分に限界線を引かず、常に上を目指すという点では願ってもない環境にいるわけだが、それと、己の実力を履き違えるというのは別の話で、知らず知らずのうちに難しく考え、自分にも高いものを要求していたのかもしれない。そういうところも、スランプの現れなんだなぁ、と納得してしまう今日この頃だ。

 シンプルといえば、サッカーでも、もっとも美しいのはシンプルなプレーであると思う。シンプルなプレーが、ゲームにリズムを与える一方で、リズムセクションがグダグダなバンドが聞くに堪えないのと同様、独りよがりのプレーは、攻撃を停滞させるだけでなく、ゲームから、心地良いリズムと美しさを奪ってしまう。その点、少し前の話になるが、JOMOオールスターサッカーにおける小野伸二のプレーは美しかった。東軍の攻撃は、小野を経由してリズムよく展開していく。小野の選択するプレーがどれも正確で、シンプルだから、周りもプレーしやすく、ゲームに生命が吹き込まれるかのように東軍の攻撃は躍動していたのだ。まさに、小野伸二の真骨頂といったところだろう。一発のキラーパスを狙う古典的なゲームメーカーではなく、周囲と巧みにコミュニケートしながらゲームを作っていくゲームメーカーといえるが、こちらの方が僕の好みであるし、中村俊輔もセルティックに移ってからこのようなタイプに変わってきたように思えるがいかがなものであろうか。

 シンプルとは、直訳すれば単純、簡単の意味であり、誰もが簡単にプレーして、その結果、サッカーも美しく、強くなるならばそれに越したことはないと思う人もいるかもしれないが、シンプルなものほど案外難しいというのが、世の常である。実際、フィールド上でシンプルにプレーするということは、その前の状況判断、予備動作、いわゆるオフ・ザ・ボールの動きが完璧になされていることが前提になっており、その言葉のイメージ通りに受け取ることは出来ない。
 例えば、状況判断、予備動作に劣る僕のようなメンバーが混在しているアマチュアチームでは、毎試合、リズム良い攻撃を展開しているとは言い難い。先日、恒例となっているアルビレックスの職員との定期戦で、梅山修氏がジャミネイロの一員として華麗にデビューしたが、絶対的なゲームメーカーを当日欠いたジャミネイロは、その前の週に5-0で快勝しているにもかかわらず、この日は全くゲームが作れず、大苦戦していた。サイドバックに入った僕も、ボールの出しどころがなく、後ろに下げるだけで、ズルズルとチーム全体が押し込まれていた。ところが、遅れてきた梅山氏が、2本目からボランチに入った瞬間に、いきなりゲームが動き出す。彼のプレーは、本当にシンプル。もちろん、やろうと思えば色んなことも出来るんだろうが、そもそも状況判断が素早く、ポジショニングが適切なため、全く難しいことをする必要もなく、いとも簡単に周りの人を使って攻撃を組み立てていく。何より、周りがプレーしやすい。あれだけ差し込まれていた僕までもが、シンプルにボールを動かせるようになり、結果としてチームにようやく灯がともった。プロとして、曲芸的な技を見せる方が、視覚的には受けるのだろうが、現場的には、まさにこれこそプロの凄さであった。

 シンプルな方がよいというのは、プレーだけでなく、物事を説明する場合でもしかりである。ジュニアを指導するに当たって、周りを見ろとか、○秒後をイメージせよとか、指導者によって色々な表現を使って、オフ・ザ・ボールの動きを伝えようとしていると思うが、昨日、迎えに行くついでに、息子が通っているスクールの指導を見学していたところ、担当コーチは、「ボールとゴールを両方視野に入れろ」と、出来ていない子に対して、ゲーム中もしばしプレーを止めるなどして、熱心に指導していた。サッカーを経験したことのある人なら誰もが頷く、基本中の基本なのであるが、僕にとっては全くの盲点であった。周りを見ろなどといった抽象的なアドバイスではなく、誰もが理解しやすい具体的な指示である上、実際、周囲に状況を把握して応用力が養われる、実にシンプルで力強い指示なのだ。

 シンプル・イズ・ベストとは使い古された言葉であるが、サッカーに関わるプロの仕事を間近に見るにつけ、改めてこの言葉の意味を噛みしめている。そして、サッカーに再び、勇気をもらった昨日の晩は、「もくはちマンデー」で久しぶりに息子と一緒にプレーをした。やはり、サッカーは楽しいのだ。

2007年10月30日 19時42分

PROFILE of 浅妻 信(あさつま まこと)
1968年生まれ。新潟市出身。新潟高校卒業後、関西で長い学生時代を過ごす。アルビレックスとの出会いは99年のJ2リーグ開幕戦から。以来、サッカーの魅力にとりつかれ、現在に至る。2002年、サポーターのみでゼロから作り上げたサポーターズCD「FEEEVER!!」をプロデュースして話題に。現在もラジオのコメンテーターだけでなく、自ら代表を務める新潟県社会人リーグ所属ASジャミネイロの現役選手としてフィールドに立つなど多方面で活躍中。