2007.11.06 第36回「ジャイアント・キリング」

 スポーツ界では、実力下位のチームが上位のチームを倒すことを、「ジャイアント・キリング」と呼ぶ。直訳すれば、巨人殺し。別に、巨人・大鵬・卵焼きから来ているわけではなく、単純に、小が大を食らう大番狂わせ、アップセットの意味である。古今東西、一発勝負のカップ戦ではお馴染みの光景だが、今年は、よりによって我がチームがこれを食らってしまった。J2サガン鳥栖に2vs3で破れた新潟は、天皇杯が早くも終了。それだけではない、12月1日の大分戦を持って、今シーズンの日程は終了するが、これは、現在のチームがあと1ヶ月も持たずして解散してしまうことを意味している。
 もっとも、たかがJ1で4年過ごしているからといってジャイアント気取りをしているわけではない。ただ、J2時代から抜群の相性を誇った鳥栖に、しかも、ホームで負けたということは、やはりジャイアント・キリングなのだ。前日のナビスコカップ決勝で、満員のスタンドの中段で一列に並び、誇らしげに優勝杯を掲げるガンバ大阪の選手の笑顔を見るにつけ、元旦ではうちが・・・、と思っていたのも、はかない夢と消えてしまった。多くの人がショックを受けた日曜日だっただろうが、勝負というのはそういうものである。特に、強い者が常に勝つとは限らないのがサッカー。バルサだって、去年か一昨年、カップ戦で3部のチームにコロッと負けた。

 しかし、本当にショッキングな出来事が、やはりこの日曜日に起きた。11月5日付の新潟日報の記事によると、不甲斐ない試合内容、結果に怒った一部のサポーターが、試合後選手バスを取り囲み、罵声を浴びせ、モノを投げるなどしてバスに損害を与えたという。あってはならない事件が起きた。新潟では起こると思っていなかった事件が起きた。見ていた人の話によると、資材のようなものも投げられ、それがバスの天井に直撃したという。もし、これがバスの窓に当たったら大惨事ではないか。選手生命はもちろん、1人の命を絶ってしまう可能性だってあったわけではないか。
 確かに、世界には、集団による威嚇、抗議などによって選手、チームにプレッシャーを与えるところもある。悲しいことに、これがサッカーの常識という形で、本来犯罪であるべき行為に触れることなく試合結果と平行して、いや、むしろ試合結果をより衝撃的に見せるためにこれらを報道するマスコミがいる。だから、本来何も生まない、非生産的な行為であるにもかかわらず、根絶されるどころか、サポーターの怒りを表す表現方法の一つとして認識されることになるのだ。また、どこの世界でもそうだが、それを喜ぶ輩もいる。
 もちろん、言いたいことがあるのなら、後日、練習場にでも行って話せばよい、などという綺麗事を言うつもりはない。直接思いを伝えられる選手バスに足を運ぶのも悪くないだろう。ただし、そこで「監督出てこい」「監督交代しろ」という者には、それなりの代替案はあるのか。監督よりもサッカーを熟知し、彼を論破するほどの戦術的意見を持ち合わせているのか。また、「気持ちが見えなかった」「慢心があった」と叫ぶ者には、本当にそうであったと、選手本人の目を見て指摘できるか。僕が以前書いたように、頑張るという言葉の免罪符にすがっていないか。浦和レッズに負けたときには囲まずに、サガン鳥栖に負けたときに囲むのは、それこそ自分にも慢心があった現れじゃないか。こういう嫌みな書き方をするのも嫌になるが、その背景には、集団でこのようなことを行う嫌らしさ、すなわち、集団心理の様々な弊害を感じるからに違いない。暴走族とどう違うのだろう。

 ホームタウンとしてみた場合、新潟の良さとはなんだろう。数あるJリーグチームの中で、個性を持ったホームタウン、チームとしてみられているのはどういう点だろう。僕が言うまでもない、新潟の街がそのままスタンドに移ったような観客の構成。スタジアム全体を包み込む愛情、暖かさ。それは、勇ましいことだけがよしとされたステレオタイプの価値観に一石を投じただけでなく、個性となって表れ、また4万人の観客、MSNなどのナショナル企業のスポンサー獲得などが、それが正しいことを証明してくれた。また自分の記事を出して恐縮だが、アスリート自身も羨望する環境なのだ。今年の有望新人の内定ラッシュをみてくれ。彼らがどうしてあまたのクラブの中から、新潟の地を選んでくれたか考えてみてくれ。よく言われるように、声援が選手の力に代わる環境がここにはある。選手、サポーター、スポンサーの信頼関係、一体感。これこそが、みんなで築き上げた新潟カラーであり、文化だろう。

 今回の不祥事は、この僕らの文化に泥を塗る行為だった。愛情の裏付けのない叱責は何も生まない。まして今回は暴力行為だ。クラブが断固たる態度で、この問題を処理してくれることを切に願う。もし、そうでなければ、このクラブだって、一気に負のスパイラルに陥る可能性があると断言する。暴力が支配するスタンドに多くのサポーターは嫌気をさし、スタジアムから足が遠のくだろう。また、サポーターとの信頼関係が壊れた選手は新潟を去り、優秀で魅力的な選手も入ってこない。カップ戦でのジャイアント・キリングは、これもまたサッカーの魅力だ。しかし、ごく少数の、心ないサポーターのために、みんなが築き上げた大きな財産を壊されるようなジャイアント・キリングだけは絶対阻止しなくてはならない。

2007年11月6日 14時36分

PROFILE of 浅妻 信(あさつま まこと)
1968年生まれ。新潟市出身。新潟高校卒業後、関西で長い学生時代を過ごす。アルビレックスとの出会いは99年のJ2リーグ開幕戦から。以来、サッカーの魅力にとりつかれ、現在に至る。2002年、サポーターのみでゼロから作り上げたサポーターズCD「FEEEVER!!」をプロデュースして話題に。現在もラジオのコメンテーターだけでなく、自ら代表を務める新潟県社会人リーグ所属ASジャミネイロの現役選手としてフィールドに立つなど多方面で活躍中。